みちのくＫａｎｏｎ傳第拾話

第拾話「八百萬神（かみがみ）の舞い降りる、宵闇の校舎で…」

「祐一君っ」
「ぐわっ！」
　家路につく途中、小腹が空いたので寄り道し、コンビニで肉まんを買う。店を出た矢先、あゆが後方から奇襲攻撃を掛けてきたのである。
「やっぱり祐一君だ～」
「お前はエルピー＝プルか。離れろっ」
　そう言い、私はあゆを強引に引き離した。
「うぐぅ～、祐一君が捨てたぁ～。ちょっとだきついただけなのに～」
「頼むから普通に登場してくれ…」
「うぐぅ～、普通だよ～」
「デカルチャー…あれの何処が普通なんだ…。それよりもあゆ、こんな所で一体何をしているんだ？」
「探し物だよ」
「何を探しているんだ？」
「ええっと、…忘れた」
「悪い事は言わん、出直して来い!!（Ｃ・Ｖ神谷明）」
「でも、探しているうちに思い出すと思うんだ」
「仕方が無い、手伝ってやるか…」
「うぐぅ～、どうもだよ～、祐一君」
　こうして、成行きで私はあゆの探し物を共に探す事となった。
「さて、問題はどうやって探すかだが…」
「『じんかいせんじゅつ』なんてのはどうかな？」
「それは、中華人民共和国限定の必殺技だ…」
「そうなんだ…、一つ勉強になったよっ」
　本当はそうではないのだが、人の海を作れる位兵員を動員出来るのは、中国位だろう。あの国は本気になれば１億位は出して来るだろう。まあ、本国に攻めて来たら、東シナ海を血の海に変えてやるまでだが。
「もうこんな時間か…」
　気が付いた時には闇が辺りを覆い始めていた。
「で、あゆ、探し物は思い出したか？」
「ううん…」
「…まあ、そう易々と思い出せるものでも無いだろうな。暗中模索の中探すのは、森の中から特定の落ち葉を探し出すのと同質だ。今日はもう退散するのが得策だな」
「…言っていることがよく分からないけど、もう帰った方がいいってこと？」
「…まあ、分かり易く言えばそう言う事だ」
「うん、じゃあ今日はもうさよならだね。バイバイ、祐一君」
「ああ、あゆ、またな」
　そう言い、私は大きく手を振るあゆに別れを告げた。それにしても、私の言う台詞はそんなに理解不能なものなのであろうか。まあ、シャアやガトーの影響が強く、通常の高校生とは一線を画した口調になっているのは、自明の理である。蛇足だが、知的文化レベルの低い、訳の分からない日本語離れした若者言葉などは、使いたいとも思わない。ガングロだかゴングロだか、人種、国籍不明な容姿の女子高生など、日本人どころか、本当に地球人なのかと疑いたくなる。どう見ても変装が下手な、地球人に化けた宇宙人にしか見えない。

「只今帰りました～」
「お帰り～、祐一～」
　家に帰ると真琴が出迎えてくれた。
「真琴か。ところで、名前以外の何かを思い出したか？」
「ううん、ただ…、ずっと前から祐一を知っていた気がする…」
　以前、自分自身で７年前に…と話していたので、やはり、その頃私に会っているという事であろう。しかし、当の私は真琴という少女に以前あった記憶は無い。いや、確か当時、何らかの理由で真琴と言う狐を飼っていたような気がする。しかし目の前にいるのは狐ではなく、女の子である。『鶴の恩返し』みたいに動物が人間に…、というのはいくら何でも非科学的である。ヒトの遺伝子を持たぬ動物が、ヒトになるなどある筈が無い。もっとも、ヒトの遺伝子の中には、鶴や狐の元となった動物の遺伝子が書き込めれているだから、その逆は全否定出来ないが…。
「そうか…。で、今日は家で何をしていたんだ？」
「今まで、寝てた」
「…お前なぁ…他にやる事は無いのか…？」
「やる事と言われても…」
「仕方ない…真琴、ちょっと俺について来い」
「うん、分かった」
　真琴を連れ、私は２階に昇った。
「ちょっと待ってろ」
「うん」
　私は真琴に自室の外で待っているように言い、部屋の中に入る。
「わっ、何それ？」
「漫画だ。やる事が無いならこれを読んでいろ」
　本当はちょっとした本を読ませれば良いのだが、私の書物は漫画中心だったりする。漫画以外の本も無くは無いのだが、『正論』や『封印の昭和史』、『かくて昭和は蘇る』などの本は、真琴には到底理解出来ない代物だろう。ちなみに、私が真琴に渡した漫画は、『ドラえもん』である。私が物心ついた時から読んでいる愛読書の一つだ。今回はとりあえず１～１０巻まで渡した。漫画を目の毒だと言うオールドタイプもいるが、左翼偏向教科書の方が、よっぽど目の毒である。もっとも、漫画を毒だと言っている輩に限り、左翼偏向教科書を信仰しているのだから手に負えない。蛇足だが、「新しい教科書を作る会」には大いなる期待を寄せたいものである。
「あうっ、ありがと祐一～」
　そう言い真琴はステップを踏みながら自室にこもる。頭を使っていれば、その内記憶も徐々に蘇ってくるだろう。

「祐一～、貸した私のノート返して～」
　夕食を取り終え、自室に入ろうとした矢先、名雪がそう話し掛けて来た。
「分かった、ちょっと待ってな」
　部屋に入り、私は鞄の中を捜索する。しかし目当てのノートは見つからない。
「抜かった!!（Ｃ・Ｖ大塚明夫）」
　恐らくは学校に置き忘れてきたのだろう。
「すまん、どうやら学校に置き忘れてきたようだ…」
「う～、困るよ～、明日テストなんだよ～」
　無論、私もその事は承知で、編入した学校の進行速度がどの程度なのかを確かめる為に借りたのだが…。
「致仕方ない…、今から学校に取りに行くか…」
「別に無理しなくていいよ祐一。勉強しても先生は私をちゃんと評価しないだろうし…」
「ちゃんと評価しない…、どういう事だ？」
「お父さん…、私をお父さんの子供としか見てくれないんだ…。どんなに頑張って勉強しても、私が頑張ったからじゃなくて、私がお父さんの子供だから出来て当たり前だとしか見てくれないんだ…」
「そうか…」
　名雪の父、水瀬春菊。故人となった今でも、その存在は消える事無く生き続けている。それ程までの大人物だったのだろう。だが、それ故に名雪が正当な評価を受けないのは皮肉である。
「でも、やらないよりはやった方がいいから勉強はしている。いつかは先生も私は私だって認めてくれるだろうから…」
「色々苦労しているんだな…。安心しろ！ノートは必ず持って返る」
「うん、…本当にありがと、祐一…」
「じゃあ、そういう事で行ってくるぜ！」
と、勢いで階段を降りたものの、今から１時間掛けて学校に行く気はしない。
「そうだ！」
「…という訳だ、頼む潤！学校まで乗せて行ってくれ」
「まあ、今日はこれから学校に行く予定だったから構わないぜ。じゃあ例の商店でな」
「サンキュー」
　受話器を置き、仕度を整え、私は家を出る。

「もうこんなに雪が…」
　家を出た辺りから降り始めた雪は、徐々に勢いを増し、待ち合わせ場所に着いた頃には、前方の確認が出来なくなる位まで吹雪いてきた。
「待たせたな、祐一」
　エンジン音が止まり、潤がバイクから降りる。例のＧガンモデルのヘルメットに、Ｇガンモデルのウェットスーツを着こなしている。　
「相変わらず凄い格好だな…。それよりも、こんな吹雪の中バイクなんて運転出来るか？」
「流石に徐行運転をせざるを得ないが、問題無いぜ」
「そうか…」
　そう言い、私はバイクの助手席に座った。
「それにしても、凄い雪だな…」
　助手席に座りながら、そう潤に話し掛ける。
「なあ、祐一。雪は何故美しいと感じられるか分かるか？」
「いや…」
「雪はまばらに降っている時は美しく、人々の心を和ませるものだ。しかし、今日のように激しく降れば、雪は脅威となる。雪は時として死の象徴になる事もある。冬になれば、あらゆる生命体はその活動を縮小させられ、辺りは静寂と混沌が支配する。冬は眠りの季節、この季節に生命活動を停止する生命体もいる。だが、春になれば、その雪解け水は新たなる生命活動の糧となる。雪は死の象徴として舞い降り、生の象徴として消えて行く。永遠ではない、いつかは消える存在。毎秒降る一粒一粒が、無常の存在、一瞬の煌き…」
「まるで、雪そのものが生きていると言えるな…」
「ヒトが周りの景観を無視し、自分達の生活のみを考え建立した醜き建築物が、全て自然に覆われる。全てが自然という地球本来の姿に舞い戻る。だから雪は美しいと感じられる。そして、科学が進んだ今でも、大雪になれば交通機関などが麻痺して、生活が困難になる。ヒトは自然を支配したつもりでいるが、未だに自然を掌握していない何よりの証拠だ。ヒトは雪が降る度に己の矮小さ、そして自然の偉大さを確認しなければならない」
「雪は畏怖し、敬わなければならない存在か…。そして、生命体の命を掌握し、左右する者…。正に神…」
「そう神、八百万（やおよろず）の神だ。神道思想は木、石、雨…など、この世に存在するありとあらゆるものを神と見なす。そして冬という季節は、雪という名の、八百万の神が支配する刻、全ての空間が雪の神の統治下に置かれる…」
　神が支配する刻、それは異世界との境が曖昧になる刻。森の影から雪の精が顔を現しても不思議では無い。そんな環境で数々の東北文学は生まれたのだろう。

「さ、着いたぜ」
「サンキュー、潤。ところでお前は何の用があったんだ？」
「ちょっとした見廻りだ。應援團は守衛も兼ねてるんでな。他の團員と日替わりで見廻っているんだ」
　生徒昇降口は既に閉まっているとの事で、職員玄関から潤と共に校舎内に入る。
「じゃあ俺は１階を見廻しているから」
　そう言い、潤は職員玄関を真っ直ぐ進んで行った。私は職員玄関の正面にある階段を昇り、２年生教室のある２階へと足を運ぶ。
　２階に上がると目の前に職員室が見える。その横の廊下を真っ直ぐ進むと、目指す２年生教室棟へと辿り着く。
「それにしても、夜の校舎は何かが出そうな雰囲気だな…」
　そんな事を言いながら、自分のクラスに入り、目的のノートを机から取り出す。
「任務完了、これより帰路につく…（Ｃ・Ｖ緑川光）」
　そんな台詞を口にし、教室を後にする。
「何だ!?この気配は…」
　階段を降り、１階の廊下に差し掛かると同時に、場の空気の流れに違いが生じたような気がする。その刹那、私に衝撃が走る。
「ぐわっ」
　その衝撃により、私は身を翻す。
「一体、何が起きたんだ…」
　状況が把握出来ずにいる中、目の前に幻想的な雰囲気を醸し出している、少女の姿が見えた。
　剣を構え、戦闘態勢に身を固める幻想的な少女。それはまるで、異世界から現れた雪女のようであった。
「ブンッ、ドカッ！」
　剣を掲げたまま、勢いよく走り出し、床にその剣を突き刺す少女。刹那、不思議な事に場の空気が元に戻ったような気がした。
「君は一体…？」
「私は魔物を討つ者だから…」
　そう言うと少女は、雪が舞い降りる、宵闇の校舎の奥へと姿を消していった。
「どうしたんだ、祐一？こんな所で尻餅なんかついて…」
　入れ替わりに、潤が私の目の前に姿を現す。
「いや、…何も…」
　そして私は何事も無かったかのように、潤と共に学校を後にする。それにしても、あの衝撃は一体!?そしてあの少女は…？

「只今、帰ったぞ～」
「お帰り祐一～」
　家に帰ると名雪が出迎えてくれた。
「ほれっ、戦利品だ」
　そう言い、私は名雪にノートを手渡す。
「有難う、祐一」
「それにしても、校内、簡単に入れたぜ。校長の机でも盗んでくるんだったな」
「う～…、そんなのいらないよ…」
「そうか？、あったらギレン＝ザビごっこが出来るぞ。『ジーク、ジオン!!』、『立てよ、国民!!』、『私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ＝ザビは死んだ、何故だ!?』（以上、Ｃ・Ｖ全て銀河万丈）、『坊やだからさ（Ｃ・Ｖ池田秀一）』」
「…また私の知らない台詞を…」
　その後は風呂に入り、直ぐに寝る事にした。
（ふう、今日は色々あって疲れたな…。それにしても、春菊さんに、應援團。そして、幻想的な少女…。不思議だな…、以前にも似たような光景が…」
　そんな事を考えながら、深い眠りへと就いていった…。

「あっ、これは雪子さん、わざわざ…」
「お久し振りですね、一成先生。兄は今、何処にいらっしゃいますか？」
「春樹先生なら、文化部室裏の原野で應援團に檄を入れている所ですが」
「どうも有難う、文化部室裏ね。さっ、行くわよ祐一」
「うん」
　その日、ぼくはお母さんといっしょに春菊おじさんがわすれたお弁当をとどけに、春菊おじさんが先生をやっている学校に来た。
「諸君！明日はいよいよ決勝戦だ!!ここを乗り切れば、次は我等が積年の夢、甲子園だ!!諸君等も粉骨砕身の身で応援活動に望むように!!」
「諒解！第参拾六代應援團團長乙姫睦以下團員九名、粉骨砕身の身で応援活動に邁進致します!!」
「よし、その意気込みだ！敵は強大なれど、勝利は掴め我等が掌中に!!では、壮行歌、始めっ!!」
「宜候～！第弐応援歌～壱、弐、参、ハイッ！」
『ああ～、みちのくに名の高き～…』
「フフ…、相変わらずね兄さん。まあ、全盛時代と謳われたあの時も、決勝戦止まりだったから、熱も入るわね」
「あっ…」
　その時、ぼくの目に野原にぽつんと立っている女の子が見えた。
「どうしたの、祐一？」
「うん、ちょっと…。すぐにもどってくるから！」
「あっ、…もう相変わらず活発ね、誰に似たんだか…」

「遊びに来たの？ここに」
「ううん、君が気になったから。こんな所で１人で何をやっているんだろうと思って」
「１人じゃないよ、お母さんといっしょに、人に会いに来たの」
「ふ～ん、じつはぼくもお母さんといっしょで、お母さんのお兄さんにお弁当をとどけに来たんだ。君は？」
「ある人にお礼を言いに。それと、今あそこで歌を叫んでいる人達が、あたしの力をりかいしてくれるからって」
「力？」

…第拾話完

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